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はっきり残ったラベル。Dated June 20 1942とあるので、1942年あたりに製造契約されたのか、製造されたのか。
Spec No 6-254。こちらの下にある1937年の年号は、おそらく、仕様が決められた年月日でしょう。
となると、1937年に制定されたスペックを元に1942年ごろに作られた。良く「41カーキ」とか「45カーキ」とか俗称で呼ばれますが、あれは古着屋さんやそこに集う愛好家が仕様ごとに愛称をつけたというイメージですね。実際には、同じ年代でも色々な仕様が作られていました。
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フロント、深い股上。我々、岡山でパンツ作る人間が「小股」と呼ぶ、フロントの一番下。ここにダブルステッチがあるのが特徴的。
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小股のダブルステッチとカンヌキ。ミリタリーのチノパンというと、ここにステッチ無しも多いのですが、この個体はダブルステッチあり。脇のチェーンステッチによるダブルステッチ(巻き縫い)を見ても、このトラウザーズを作った工場は普段、ワークパンツ・ジーンズのようなズボンを縫う設備だったのだろうなと想像できます。
これが、普段からドレスパンツを作っている工場だと、ここも通称「棒シック」という違う縫い方をしたり、脇・内またはシングルステッチで地縫いしたりと仕様が変わるはずです。
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コイン?ウォッチ?ポケットの玉縁はロット違いと思われる生地。ループもおそらくロット違い。微妙に色合いが違います。
現代の基準からすればNGですが、あくまで「道具」なのでこれで良かった。そして、それが今見ると「かっこいいな」とファッションとしてもとらえられる。
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フロント、ボタンフライ。
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簡単に取れないように、これでもか!と縫い付け回数を増やしています。見た感じおそらくミシン付け。カムを変えて糸のワタリ回数を増やしたか?はたまた、2回踏んでかがりの回数を増やしたか。
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ボタンホールの開いた「比翼(ヒヨク)」を「見返し」に止めるステッチ。ドレスパンツではクラシックなよくある仕様。リーバイスのふる~いジーンズにもこのステッチがぶち抜きで入っているのを見たことがあります。が、その後、この止めステッチを省略したのがジーンズのエポックメイキングな所。
ミリタリー系のトラウザーズはフロントにファスナーが使われるまで、延々、この比翼止めステッチはほとんどの製品に残っています。
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ウェスト裏にサイズスタンプとおそらく、持ち主の名前。通称「腰裏」とか「身頃続き帯」と呼ぶ仕様。ジーンズのように、別の帯がつくのではなく、身頃がそのまま上端まで続いて帯の変わりをするから「身頃続き帯」。そこに別布で腰の裏に布がつくので「腰裏」
ここもチェーンステッチで金具を使って縫う、シングルステッチであらかじめアイロンした布を縫う、工場の設備により縫い方が変わります。今回の個体はシングルステッチなので、おそらく、帯をチェーンステッチでつけるミシンが無かったか???でも、他の仕様を見るとそうとも断定出来ず。
台数の問題で仕様にブレがあったか、はたまた腰裏をチェーンステッチでつけるのはかなりコツが要るので、それをつかむよりシングルで縫ってしまえ!だったのか。すべて妄想するしか無い部分です。
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後ろ中心もダブルステッチのチェーン、通称「巻き縫い」。ジーンズの尻繰りと同じ。
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矢印部分、ステッチをあえて腰裏にたいして垂直、まっすぐ縫っています。俗に「鉛筆ダーツ」などと呼びますが、こういう風にダーツを取っておかないと、後で長方形の腰裏がうまくつかなくなります。簡単そうに見えて奥が深い。
私自身、縫ってみた感想は
「ジーンズはミシンの台数が多いが慣れればかなり縫いやすい」
「チノパンはミシンの種類自体は少ないが、アイロンの仕方、ダーツの取り方。ポケット作りの手間。腰裏付けの難しさ。かなり難しい」
でした。最後までチノパンは自分で満足行くクオリティにはならなかったのを覚えています。いつか、自分が年取ったらチノパンを自分で縫いたいと言っているのはこの想いでがあるからです。
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後ろ中心ループのオフセット。これも、WORKERSでチノパンを作る時、良く真似る部分。
昔はカンヌキで厚みのある後ろ中心にステッチを打つと失敗することがあるからずらしたのだと思います。現代は、ミシンも、また糸自体も化繊糸を使えば強度があり、厚みの部分にカンヌキもかなり打てるのですが、やはりこういうディテールは面白いので、作るときには再現する部分です。
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