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75 Years, Eloesser-Heynemann Company
"California Historical Sociey, FN-" |
1851年、ロンドン・マンチェスターにてビジネスを始めたLeonard D Heynemannがサンフランシスコに来ました。そこで、義理の兄弟、Morris Pickと共に輸入品卸売商、"Heynemann, Pick & Co"を開業しました。当時の商材は、イギリス、フランス、ドイツなどからプリント生地、リネン、シルク、ベルベット、グローブ、カーペットやブランケットなどでした。
1853年にはMorris Pick氏はメルボルンへ帰国(参考文献3)。
1856年、輸入品の入荷を待つことに耐えがたく、西海岸初の毛織物工場、"Pioneer Woolen Mills"を開業。
1861年、ビジネスの急成長に伴い、Leonard D Heynemannは彼の弟、Hermanに参画を依頼。当時、オーストラリア・メルボルンに居たHermanは165日の船旅を経てサンフランシスコに到着。
その後、創業者Leonard D Heynemannはヨーロッパに帰国。ヨーロッパ方面のバイヤーとしての役割を担い、Heynemann & Co、Pioneer Woolen MillsはHermanにゆだねられる。
1863年10月、Hermanの義理の息子、Arthur Eloesser入社。当時15歳。1922年のArthur自身の手紙にも、
" I entered the employ of Heynemann & Co., in October, 1863."
とあり、1853年にPick氏が帰国したことと合わせ、かなり早い段階でHeynemann & Coと改名していたと思われる。
1871年、Hermanの長男Manfred Heynemannが入社。当時16歳。 先に入社したArthur Eloesserと共に、この若き二人が会社の規模拡大を図り、アリゾナ、モンタナ、ニューメキシコ、オールドメキシコと商圏を広げていく。
1870年代初頭〜1890年ごろまでの間に、Heynemann & Coはワークウェアの製造を開始。この開始時期には資料により諸説ある。
また、ブランド"Can't Bust'em"の誕生も商標登録の際には「1876年に初めて使用」とあるが、これも資料により1878年、1890年代、1892年ごろと資料により記述にブレがある。
1890年代説は参考文献4、1955年にManfred Heynemannの子息(氏名不詳)により語られた内容を文章に起こした資料にある。
それは1890年代、父Manfredは当時、同社の商品にふさわしいブランド名を考えていた。そんなある日、自宅に友人Austin Lewisを呼び同社の製品について話していた。Lewis氏が「Oh, is seems you can't break them」と話した時、それを聞いていたManfredの妻が、Can't break themにアメリカ式ひねりを加えCan't Bust'emはどう?と発したのがCan't Bust'emの誕生であるというもの。
あまりにうまくできた話しであるような気もするが、同社のトレードマークの誕生秘話は他の資料では全く語られていない。
いずれにせよ、1870年代に入社した第二世代、Manfred HeynemannとArthur Eloesserが中心となり、輸入品の卸売商から衣類の製造業に比重が移っていった。
1905年、法人化すると間もなくHermanの長男、Manfred Heynemannが死去。Arthur Eloesserはこの危機を乗り越えるため、次男のHerbertをビジネスに参画させます。
1906年、サンフランシスコ地震により社屋を焼失。しかし、同じ場所に新たにセールスルームも備えた本社屋を再興。この住所が77=87 Battery Streetであり、そのビルは現存している。
1907年ごろ、会社名をHeynemann & CoからEloesser-Heynemann & Co.へ。同年、プライスリストの会社名変更が行われている。
1909年、Can't Bust'emの商標を出願。
1932年12月1日、Neustadter Brothersより"Boss of the road"のトレードマークおよびその在庫を買い入れる。
1933年、本社を1161-1165 Mission Streetへ移転。 同年11月、Arthur Eloesserが社長在任中に死去。同社でのキャリアは70年に及んだ。それに伴い、彼の息子Herbert Eloesserが社長に就任。
1946年8月、Herbert EloesserはEloesser-Heynemann CoをH.D.Lee Coに売却。これにより、経営は創業一族の手を離れ、1914年入社の古参社員、Julian Littman他、H.D.Lee Coからの派遣を含め、新たな体制が築かれる。
会社はその後もEloesser-Heynamann Coを名乗り、Can't Bust'emブランドも継続する。現状、最後にEloesser-Heynemann Coの存在が確認できているのは1961年。Eloesser-Heynemann Coの社名入り封筒が1961年消印で使われているため。
その後、Eloesser-Heynemann Coがどのような道をたどり、現在、どのような状況に置かれているかは判明していない。
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August 20th, 1909 Price List, Eloesser Heynemann Co.
"California Historical Society, FN-"
1909年のプライスリスト。すでに社名はEloesser-Heynemann Coに変更されています。
注目はCan't Bust'emのトレードマーク。有名なルースターではなく、パンツを人が引き裂こうとしている図柄です。
Levi'sのツーホースマークやSweet-Orrの6人で引っ張るマークよろしく、自社製品の強靭さをアピールする意味合いでしょう。
ARGONAUT SHIRTSも耳慣れないブランド名ですが、改名前のHeynemann & Co時代から当時のアドやプライスリストには繰り返し登場しています。 |
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May 1st,1912 Price List, Eloesser Heynemann Co.
"California Historical Society, FN-"
1912年のプライスリスト。社名、ブランド名、製品にもほとんど変化はないがCan't Bust'emの新たなトレードマーク、ルースターが登場している。ユニオンチケットも配されている。
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Feburary 15th 1932? June 17th 1933? Price List, Eloesser Heynemann Co.
"California Historical Society, FN-"
1932年が消され、1933年と記されたプライスリスト。前述のとおり、1932年にNeustadter BrosよりBoss of the Roadのブランドおよび在庫を買い取っていたことの証拠でもある。
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Date
社名: |
Heynemann & Pick Co
Heynemann & Co
Eloesser-Heynemann Co |
創業年: |
1851 |
創業者: |
Leonard D Heynemann |
創業地: |
San Francisco, CA |
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参考文献
1)The firm of Eloesser-Heynemann Company 1919
2)75 Years, Eloesser-Heynemann Company 1926
3)Background and history of Eloesser-Heynemann Co. 1955
以上California Historical Societyより
4)Copy of letter of Mr. Arthur Eloesser, read at the yearly meeting of the Eloesser-Heynemann Co., Dec.31st., 1922
以上Bancroft Libraryより
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